今ここに、不良在庫があるのだが…

アイデア商品を作ろうとして、どうにもならなくなったブログ

研修を終えて、

先週末、40歳新人営業マンとしての研修も終わり、家路に着いた。

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研修では全員が営業マンと言う事もあり、それなりにみんなと仲良くなったけど、最後まで名前と顔の一致しない人もいた。

 

振り返ればやはり社交性おばけな人達が率先して場を作っていたと思う。

 

帰りにはLINEグループが出来ていて、そこでもやっぱり社交性おばけな人達を中心に帰りの新幹線での状況などをそれぞれ報告しあってた。

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僕も一応は参加していたが、メッセージのやりとりを眺めながら、どうにも馴染めない自分に気がついた。そういえば新幹線も1人で乗るためにお土産を買うからと、わざと時間をずらしていた。

 

やはりここでも心の中の不良在庫が邪魔をしているのだろうか。

 

本当は 仲良くなりたいはずなのに、何故かそういった社交的な場を避けてしまう。

新しい環境で心機一転やっていこうと考えているのに、自分から他人を遠ざけるような行動を取ってしまう。

 

この矛盾は何なのだろう。

 

急に自分でも不思議になり考えてみた。

しばらく考えてみて、自分なりの答えが出たのでブログに書いてみる。

 

答えは価値観だ。

 

社交性おばけと僕が名付けた人達は、社交的で誰に対しても積極的に話しかけ、会話の中心になり、場を盛り上げる。

最初に社交性おばけと名付けた時は、ただ社交性が化け物のように高いコトを表現したつもりだったが、今思うと、彼等は社交性という何も無いモノそれ自体に価値を置いているような気がする。

 

実際は、そんな人達がいるおかげで、その場は明るい雰囲気になり、皆んなも話しやすいポジティブな空気が生まれる。

今回の研修でも、彼らのおかげで、ある種の一体感が生まれ、研修の質は上がったと思う。

特に今回の研修では、講師の方も言ってたが、そういった仲間意識を上げる目的もあった様だ。

 

だけど、僕はそれを望んでいなかった。

 

だって恐らく時間が経てば今回最後に交わしたLINEグループは誰もメッセージを交わさなくなり、連絡先には誰だか分からなくなった、使わないアドレスが増えることになる。

 

僕はそれにとても虚しさを感じてしまう。

 

僕は その人と仲良くなりたいと思ったり、その人に興味を持つようになってから連絡先を聞きたいと思う。

誰か分からなくなる様な人を自分の友達帳に記載したくないのだ。
 

もちろん今後、営業マンとして働くつもりなので、仕事の上では多くの連絡先を集め、色んな人に積極的にアプローチをしていくことになるだろう。でもそれは友達帳ではなくて、顧客リストを作るためだ。

 

僕はきっと利害関係のない、ただの友人が欲しいのだと思う。

  理由などなく、ただ一緒に居たいと思うだけの人を。

 

今回の研修では、残念ながらそういった友人は出来なかった。

 

でも、良いことも少しはあった。

それは、一緒に泊まっていた数名と連絡先を交換した際に、話しのネタに例の「不良在庫」を見せてみたのだ。

 

意外な事に、その時の反応はこれまでに無いくらい良い反応だった。

 

「これは売っているのか?」

 

「自分も使ってみたい」など、

そして、

「是非いくつかゆずって欲しい」とまで言ってくれた。勿論いくつか差し上げた。

 

まぁ営業マンの言うことだから、全て本気にするわけでは無いが、それでも少しは価値を認められたのかと思うと嬉しかった。

 

とにかく、不良在庫の一部ではあるが、減らす事に成功した。

同時に心の不良在庫も少しは軽くなった。

いつかこの不良在庫が全てなくなるまで、色んな人に紹介していこうと思った。

 

全ての不良在庫が無くなった暁には、もしかすると新たな友人が出来ているのかもしれない。